とても大切な人が
理不尽な目に遭ったことを知る。

かつての私なら
一も二もなく
すぐに安心できる状況に変わるよう
必死でエネルギーを送り続けた。

その人を救いたい!

根底にあったのはその想い。

手を貸さないのは
冷たい人だと思っていた。

だから自分ができることなら
何でもしようと思ってた。

その結果
時折感謝されても来た。

でもあるとき、ふと気がついた。

これを繰り返しているうちは
依存者を生み出してしまう。

問題なのは、相手ではなく
私のなかにある
「頼られる=自分の存在意義」
(自分がここにいていいんだ)という
安心感を得るために
気がつかずに
自らが呼び寄せていたということ。

これでは歪んだ関係を
作ってしまうことに気がついた。


あれから年月が経ち
いまは違った形の応援を
贈れるようになった。


__ (23)

根底にあるのは
かつてと同じ。

困っている人の力になりたい!

でも、いまの私は
愛を持って見守ることに徹している。

その人たちが持ってきた課題に
勝手に修正を加えたりしないという
大事なルールを
心にしっかり置きながら。

信頼する。
応援する。
尊重する。

その方々が
乗り越えるだけの力を
持っている魂だということを思い出す。

見守り続けている以上
そこには確かな愛のエネルギーは
送り続けられていると信じて。


見えなくても会えなくても
一緒にそばにいるからね。

ひとりではないからね。

そんなことを想いながら。