アテネでの話は
まだ残っているものの
ギリシャ正教会での
嬉しいハプニングがあったので
(ハプニングというより祝福かな~)
今日はちょこっと
舞台をコス島へ移します。
コス島の街並み


この澄み渡る青い空は
いかにもエーゲ海ならではの
美しさで、魅了されます。
ただ、この時期のギリシャは
この空の色からは
想像できないくらい
意外と肌寒いです。
特に、島々は風が吹き抜けるので
寒がりさんは
ヒ-トテックに
ホカロン持参くらいで
ちょうどいいと思います~。
さて、そのように冷たい風が通り抜ける中
同室の福ちゃんと
「さぶい~さぶい~」と
言いながらの散策中、
左側の路地に
気になる建造物らしきものを発見。
(旅の間ずっと同室だった彼女とは
共有できた素敵で不思議な体験も
たくさんあるので、それはまた
追々お伝えしていきますね~)
何かに導かれるように、
路地の階段をあがってみると
そこには
再びギリシャ正教会が!

変な表現ですが
まるで待っていてくれたかのような
優しさを感じました。
そしてちょうどここで
写真を撮った直後に
教会前の建物から
司祭様が出て来られたので
思わず
「私たちも中に入っていいでしょうか?」
とお願いをしてみたところ
OKが出て、そのまま一緒に
中に入らせて頂きました。
実はこの時、
時計を持っていなかった私は
わからなかったのですが
(ギリシャ到着時に
時計ベルトが突然切れて
使えなくなってしまったので
今回の旅中、ずっと時計なしだったのです)
その時、ちょうど時刻は17時。
17時に行われる最後の祈祷のために
司祭様が教会の中に入ろうとした時に
たまたまそこに居合わせた
私たち2人が
タイミング良く中に入れたわけです。
そして教会内には私たち2人と
途中から入られた地元の方が1名だけ。
清らかなる静寂な時間。
まるで私たちのためだけに
ご祈祷をあげてくださっているかのようで
有り難かったです。
そして、祈祷の際に用いる「振り香炉」の煙も
たくさん纏うことが出来ました。
ちなみに、香炉から立ちあがる煙のように
天まで祈りが届くようにと
振り香炉は使われるんだそうです。
厳かで静謐な祈りの時間に
立ちあえたことは
忘れられない思い出となりました。
2分でもずれていたら
この体験をすることは
できなかったと思うと
すべての出逢いや別れに
その人だけのタイミングというものがあり
またその流れのなかには
「魂の意図」というものがあるように感じました。
余談ですが
ギリシャ正教すべてでは
ないかもしれませんが
私が見たクロスは
どうしてか
この写真のように
あえて傾く方向に
つけられていました。

これもきっと深い意味があるのでしょうね。
次回はアテネに戻り
医神アスクレピオスを祀っている
「聖地エピダウロス」の話をお伝えします。
紀元前、医療の場には
夢見係という存在がいたのだそうです~
それでは次回♪
まだ残っているものの
ギリシャ正教会での
嬉しいハプニングがあったので
(ハプニングというより祝福かな~)
今日はちょこっと
舞台をコス島へ移します。
コス島の街並み


この澄み渡る青い空は
いかにもエーゲ海ならではの
美しさで、魅了されます。
ただ、この時期のギリシャは
この空の色からは
想像できないくらい
意外と肌寒いです。
特に、島々は風が吹き抜けるので
寒がりさんは
ヒ-トテックに
ホカロン持参くらいで
ちょうどいいと思います~。
さて、そのように冷たい風が通り抜ける中
同室の福ちゃんと
「さぶい~さぶい~」と
言いながらの散策中、
左側の路地に
気になる建造物らしきものを発見。
(旅の間ずっと同室だった彼女とは
共有できた素敵で不思議な体験も
たくさんあるので、それはまた
追々お伝えしていきますね~)
何かに導かれるように、
路地の階段をあがってみると
そこには
再びギリシャ正教会が!

変な表現ですが
まるで待っていてくれたかのような
優しさを感じました。
そしてちょうどここで
写真を撮った直後に
教会前の建物から
司祭様が出て来られたので
思わず
「私たちも中に入っていいでしょうか?」
とお願いをしてみたところ
OKが出て、そのまま一緒に
中に入らせて頂きました。
実はこの時、
時計を持っていなかった私は
わからなかったのですが
(ギリシャ到着時に
時計ベルトが突然切れて
使えなくなってしまったので
今回の旅中、ずっと時計なしだったのです)
その時、ちょうど時刻は17時。
17時に行われる最後の祈祷のために
司祭様が教会の中に入ろうとした時に
たまたまそこに居合わせた
私たち2人が
タイミング良く中に入れたわけです。
そして教会内には私たち2人と
途中から入られた地元の方が1名だけ。
清らかなる静寂な時間。
まるで私たちのためだけに
ご祈祷をあげてくださっているかのようで
有り難かったです。
そして、祈祷の際に用いる「振り香炉」の煙も
たくさん纏うことが出来ました。
ちなみに、香炉から立ちあがる煙のように
天まで祈りが届くようにと
振り香炉は使われるんだそうです。
厳かで静謐な祈りの時間に
立ちあえたことは
忘れられない思い出となりました。
2分でもずれていたら
この体験をすることは
できなかったと思うと
すべての出逢いや別れに
その人だけのタイミングというものがあり
またその流れのなかには
「魂の意図」というものがあるように感じました。
余談ですが
ギリシャ正教すべてでは
ないかもしれませんが
私が見たクロスは
どうしてか
この写真のように
あえて傾く方向に
つけられていました。

これもきっと深い意味があるのでしょうね。
次回はアテネに戻り
医神アスクレピオスを祀っている
「聖地エピダウロス」の話をお伝えします。
紀元前、医療の場には
夢見係という存在がいたのだそうです~
それでは次回♪
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